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402号室の鏡像

あるいはその裏側

キック・アスの話

キック・アス (ShoPro Books)

キック・アス (ShoPro Books)

キック・アス DVD

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「けど、なんで誰もスーパーヒーローにならないんだ?」
「バリス・ヒルトンにはみんながなりたがるのに、スパイダーマンには誰一人なりたくないって事か?」

ダークナイト』をきっかけにアメコミにハマった完全にわかなんですけど『キック・アス』は本当に大好きです。スクールカースト最底辺層(チビガリ眼鏡オタク)に存在している一介の少年が、アメコミの影響を受けてコスチュームを着て、夜の闇へ繰り出していくという厨二ドストライクな内容に完全に魅了されてました。日本のマンガ『GANTS』にも書かれていたけど、やっぱり中学生とか高校生には「コスプレして悪を成敗したい!」という願望がどっかしらにあるんですよね。少し考えてしまえば、コスチュームを着れば誰もがバットマンにもスパイダーマンにも成れるんですよ。ただその中身が大富豪であるかクモ人間であるかというのが違うけれど、覆面を被って名乗ってしまったもの勝ち。後は成果を成せるか否かという所。

 『キック・アス』がリアルなのは、主人公デイヴのような凡人がマフィアに立ち向かうようなことをすれば、そりゃあ敗北して捉えられて拷問されますよという残酷な事実をありのままに描写しているからだと思う。(原作では金玉に電流流されて悶絶している所から始まる)銃やナイフはコスチュームでは守れないし、デイヴはスパイダーウェブなんて持ってない。助けてくれるロビンも居ないと来たら、そりゃあ敗北しかない。だがしかし、誰もが持っているのは精神だ。本質的な根源で言えば、デイヴもピーターパーカーやブルースウェインと同じものを持っていたのかもしれない。悪を許せず立ち上がる不屈の心、それが承認欲求から産まれたただのコスプレ願望だったとしても、何度血を流して敗北しても立ち上がるその様は、他人から見ればヒーローなんだから。

 んで映画版の話なんだけど、自分的にはあまり納得出来ない造りだった。原作を知らなければ本当に楽しくみれたバイオレンスコメディなのかもしれないけど、原作に流れていた『残酷な現実』のようなテーマ性が薄れて娯楽性に特化した作りになっていたと思う。その点に関しては凄く秀逸で、主人公より目立っていたヒットガールの動きなんかまんまガン=カタ(『リベリオン』を参照)で、デイヴの性格もむしろ爽やかイケメンといった感じだった。アメリカン・スクールライフの裏側で起こる戦いを活劇として抽出し、映画化したものが映画版『キック・アス』として成り立ってるのかなとか思った。自分は……原作派なのでどうとも言えないけど、娯楽映画としてはスッキリした作りになっていて名作と断言出来る出来栄えだった。
 個人的に違うなーって思ったのが、デイヴが平然と人殺しを許容しだした所かな。最後ミニガンの一斉射撃で敵からヒットガールを救う訳だけど、原作でのデイヴは人殺しはしていない。なぜなら彼が憧れたスパイディは人殺しを許容していないからだ。そこで「殺す」ビックダディとヒットガール「殺さない」キックアスとの比較が出来て面白い訳だけど、映画ではあくまで「殺す」覚悟が一種の成長として描かれているから、個人的なデイヴの形とは違うと思った。
 後ラスト。映画版デイヴは結果的にキックアスであることをカミングアウトしてヒロインと結ばれて路地裏で青姦するようなクソリア充に成る訳だけど、原作デイヴはカミングアウトした挙句振られて、ヒロインが彼氏にフェラチオさせられている画像を送りつけられるという散々な童貞こじらせたラストになっている。アメコミではだいたいラストにヒロインと結ばれるのに相変わらずデイヴの童貞はそのままだ。現実は非情であるってとこが面白い。

 まぁ結果的にいうと、ひとつの『キック・アス』としてのコンテンツがあったとして。

 大衆娯楽的に最大限に派生したのが映画版。
 現実に即した書き方に徹したのが漫画版ってところ。

 なんだかんだいって両方超面白いからオススメですよ。