402号室の鏡像

あるいはその裏側

深見真『キャノン・フィストはひとりぼっち』

「その記憶を盗らないでください。それもぼくの大事な思い出なので」

 記憶、と言うものには幸せと不幸が両方内包されている。過去に自分が為した所業や見たもの、経験。すなわち過去の人生が全て内包されているものであり、自分「そのもの」であると言っても過言ではないのかもしれない。以前ブログで紹介した(気がする)クリストファー・ノーラン監督『メメント』と言う作品で、前向性健忘症を患った主人公が、喪失した主体性を他者に利用されると言うような内容を扱っていたけど記憶の喪失自体は自己の喪失に直結してくる。『ボーン・アイデンティティ』をはじめとした記憶喪失作品で、新天地にて記憶を失くした主人公が、そこで得た経験自体に価値を感じ、過去の記憶が不要となる展開は良く見られるけど、それって要するに、新しい自分を取り戻したから過去の自分は要らなくなったという事なんだよね。つまり、記憶というものはイコール自分に他ならない。友人や家族、同僚など他者から観測された情報――記憶、写真、映像などを総合しても、決して自分にはならない。主観的に取得した、眼で見て鼻でみて指で感じたリアルな感覚、全てが総合的に処理されたものが記憶なのだと。

 「記憶喰らい(Memory Eater)」通称「M・E」はそれらを食い潰す。正体不明の知的生命体らしきもの。僕らの世界のすぐ傍に棲み、僕らの全てを略奪し「白紙化」してしまう。現存する通常兵器の一切が通用せず、物理的攻撃の一切が通用しない。記憶を喰われ「白紙化」した人間は生命機能を喪失し、結果的に死亡してしまう。
 ――それらを、密かに処理する役目を担った少年少女達がいる。

 彼らの戦いを描いたお話が『キャノン・フィストはひとりぼっち』だ。

 深見真の作品は銃撃戦や格闘戦をメインにしている他、超能力を初めとした異能力も作品に混ぜ込まれる事が多い。『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』では「銃使い」と呼ばれる「干渉粒子特性能力者」が、無から銃を生みだす能力を使い戦っていく。『疾走する思春期のパラベラム』では「パラベラム(Parabellum)」と呼ばれる特殊能力者たちが「P・V・F(サイコ・バリスティック・ファイアアームズ)」という銃型超兵器を使用している。『僕の学校の暗殺部』でも「生命躍動剤(エラン・ヴィタール)」と呼ばれる、超能力を一時的に使用可能となる薬品が登場し、戦闘に活かされている。

 今作では「記憶喰らい」に対する唯一のカウンターウェポンとして「感情記憶合金(Emotional memoly alloy)」と呼ばれる特殊金属を使用した「感情反応装甲」と呼ばれる特殊武装が使用される。心理的な要素が武装として還元される「パラベラム」に類似している所がまたおもしろい。精神の流れが武装化するという理屈を好んでいるのが深見さんの作品に共通しているのかも。感情の一番奥底……忘れたい程に残酷な記憶、つまりトラウマに類するものを武装化し「ME」に対抗する為に展開する。心理的描写の深さから起因する文体のイノセンス、無垢な感情の流れと悲痛な過去を力に換えると言うのがこの作品の面白い所。

 例えば、僕達には忘れたい過去がある。簡単に言ってしまえばいわゆる「黒歴史」という奴だ。調子に乗っていた厨二病時代にしたことや、過去に書いた妄想小説がネットデブリとして漂っていたり、人間はいくつもの間違いを起こし、反省することで生きている。失敗を糧に人は成長するとは言うが、苦い記憶なんか本当は誰だって欲しくない。失敗から成功した人だって、本当は初めから成功したかったに違いない。

「楽しいことだけを数珠のように紡いで生きてられるはずがないんだよ、特に僕はね」

――『新世紀エヴァンゲリオン碇シンジ

 僕の言いたい事の八割は碇シンジ君が代弁してくれているんだけど、1990年代後半から現代にかけて(つまりバブル崩壊後くらい)から日常に薄暗く漂う厭世感から抜け出せてない人が殆どであると思う。楽しい事を札束振りかざして永久に続くと思っていた時代はとっくに終わっていて、僕らはいつ来るか分からない失敗や不幸を恐怖しながら僅かな幸福の残滓を啜っている。全ての人間がここまで絶望的な人生を送っているのかと言われればそれはノーであるけど、灰色の記憶を抱えて、先の見えない未来に足を進めなければいけないのだと、暗澹たる気持ちで今を生きているんじゃないか。僕はそう思って仕方がない。

 この作品は、そう言ったいわゆる「不幸の記憶」を糧にした強さが描かれている。

 さっきまでウダウダ文句を言っていた手前恥ずかしいんだけど、「消えてしまえば良い」という過去を承認することが、人間の成長であると思う。食べられなかったものを食べれるようになった時とか、許せない人間を許した時、ひいては誰かの死を受け入れた時。「失敗は成功の元」と呼ばれる所以がこれで、自分において確実な困難であった記憶を克服することで、危機は経験へと変化する。それがつまり、精神の伸び幅なんじゃないかなぁと個人的にはそう思っている。マイナスであった記憶を許容し、自分の中に癒着させた時こそが、やっぱり幸福の源が生まれる瞬間なんじゃないか。それが簡単に出来れば苦労はしないし、出来ないからこうして僕もウダウダと二十歳超えた手前シンジくんみたいな精神状態でいるんだけど。

 トラウマの記憶を弾丸に換え、銃器に載せ砲火と為す。過去を振り切るために「忘却」を否定するこの作品に、僕はどうしようもなく、いとおしさを感じてしまう。

メメント [DVD]

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これがさっき挙げた「記憶喪失」を元にした作品。両方すごくおもしろいよ!

僕の学校の暗殺部 (ファミ通文庫)

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アフリカン・ゲーム・カートリッジズ (角川文庫)

アフリカン・ゲーム・カートリッジズ (角川文庫)

疾走する思春期のパラベラム (ファミ通文庫)

疾走する思春期のパラベラム (ファミ通文庫)

深見さんの作品は合う人には本当に刺さる作品なので、語り合えるお友達がほしいのでみんな読もう。

最後に、言い忘れてたけど「あけましておめでとうございます」