402号室の鏡像

あるいはその裏側

『サイバーネット』観たよ

サイバーネット [DVD]サイバーネット [DVD]
ジョニー・リー・ミラー,アンジェリーナ・ジョリー,フィッシャー・スティーブンス,イアン・ソフトリー

20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
売り上げランキング : 139400

Amazonで詳しく見る by AZlink

 11歳の天才ハッカー、デイドは、ウォール街のコンピュータをクラッシュさせ、FBIのブラック・リストに挙げられた。18歳になった彼のまわりには、コンピュータを自由自在に操る連中が集まり、高校生活をエンジョイしていた。ある日仲間がハッカー・キングと呼ばれるプラハにはめられ、犯罪の片棒を担がされてしまう。デイドらは、サイバーネットを使って、世界中のネット仲間を集め、反撃に転じる。ネットワーク上での、激しいバトルが始まった。

サイバーネット - Wikipedia

 このあらすじを読んで少しでも自分の中の中学二年生が疼いてしまった諸君、悪い事は言わないのでこの映画を見ましょう。男子なら誰しもがインターネットの魔術師となり、画面の向こうのアホどもを手玉に取る妄想をしたはずだろうけど(そりゃそうだよな?)、この映画はそうした中学生男子の妄想をダイレクトに具現化した内容となっていてそこが凄く楽しい。とにかく楽しい。まず最初から、テレビ局に侵入して自分の観たい番組に取り換えようとした主人公が、待ち構えてきたもう一人のハッカーと一対一で電脳バトルするシーンから大盛り上がりだし、後は学校生活でハメられたお返しに、学校のスプリンクラーをいじって相手をびしょ濡れにさせるとか、天才技術をティーンエイジャーらしい動機で使いまくるのも厨二病的にアガるシーンが多い。ローラーブレードで登校とか、ハッカー仲間とラップトップを開き合ってお互いに作戦を練るとか、ティーンエイジャーのライフスタイルに電脳空間が直結しているのと、そもそも彼らがハッキングという犯罪に手を染める理由が「カッコいいから」「箔が付くから」というのもまったくもって少年少女らしいし、警察がライフル持って踏み込んできてもビビるだけで何にも反省してなさそうな所がまったくこいつらときたら!って感じにさせてくれる。ハッカー仲間がお互いをハンドルネームで呼び合うのもまた、周囲とは違う特別な能力を持つもの同士、自分達を評価し合っている表れともいえるし、そういう思春期的描写と痛快なハッキング行為が巧くかみ合っていて、観ていて凄く気持ちが良い。

 そもそも、かつてウォール街をハックした伝説の存在『ゼロ・クール』としてハッカー仲間の間で崇められている主人公の設定からして、滅茶苦茶カッコ良いんだけど、やっぱり「異名」と「決め台詞」があるだけで随分とカッコ良さがキマってくる。こういう所が非常に少年漫画的というか、直感的に見てて楽しいなと思わせるので、こういう所でサイバー的、SF的難解さをグッと中和出来ているんだと思う。ジャンル分けするなら『スモール・ソルジャーズ』や『グーニーズ』みたいな少年少女が協力して戦ったり冒険したりするような映画で、こういうジャンルが好きなボンクラ厨二諸君には非常にオススメ出来る映画。ちなみに、アンジェリーナ・ジョリーのデビュー作で、彼女のロリおっぱいが拝めるのでそういう意味でもまた。

どうやら日本放映版には緒方恵美三木眞一郎が出ている吹き替え版があるらしいのだけど、DVD版には収録されていない哀しさ。ブルーレイで出てくれたら再録してくれないかしら。

『CABIN』観たよ

キャビン スペシャル・プライス [Blu-ray]

キャビン スペシャル・プライス [Blu-ray]

夏休みに山奥へとバカンスへ出かけた大学生5人。古ぼけた山小屋の地下で見つけた謎の日記を読んだ時、
何者かが目覚め、一人、また一人と殺されていく。しかし、その裏に若者たちが「定番のシナリオ通り」死んでいくよう、
すべてをコントロールしている謎の組織があった。その組織の目的は? 若者たちの運命は―? その先には、
世界を揺るがす秘密が隠されていた…。

Amazon.co.jp | キャビン スペシャル・プライス [Blu-ray] DVD・ブルーレイ - クリステン・コノリー, クリス・ヘムズワース, アンナ・ハッチソン, フラン・クランツ, ジェシー・ウィリアムズ, リチャード・ジェンキンス, ブラッドリー・ウィットフォード, ブライアン・ホワイト, ドリュー・ゴダード

 ツイッターやらブログやらでちらほらと「SCPみたい」「特殊部隊全滅モノ」とか話題に出てて、僕の好きなもの詰まってそうな内容なのでいざ思い立ってレンタル屋から借りてきた。内容としては、あらすじにあるように、ホラー映画にありがちな、山荘に遊びに来た若者がゾンビに襲われる話。だけどこの映画は冒頭から、その若者たちが何か特殊な機関に監視されて、陰謀に巻き込まれていそうな様子が描写される。なんでも機関の陰謀により山荘に導かれて、何らかの儀式の生贄にされるためにモンスターをけしかけられ殺されそうになる上に、機関の職員たちの賭けごとの対象になっていると言う散々っぷり。

 そう、どっかで観たような山荘に、いかにもなビッチと脳筋とガリ勉と処女とオタクが泊まり、どっかで観たようなモンスターに襲われ、どっかで観たような組織に監視されてるという「どっかで見た」で構成されてるのがこの映画である。もはやテンプレートと化してしまったホラー映画の「お約束」を逆手に取り、そう言ったお約束はこういう機関が起こしてるんだよ!という皮肉な理由付けをしているのがこの映画である。例えばホラー映画でセックスし始める男女、大体こういう奴は最初に死ぬのだが、実は機関がフェロモンを空気中に流し込んで淫乱にしているという理由があったのだ。他にも、団結して脅威に立ち向かえばいいのに個別に行動したがる登場人物も、薬品によって判断能力を鈍らされていたり、ホラー映画にありがちな事は全てその機関が糸を引いていたのだ……という設定になっている。この山荘以外にも、日本やロシア、イギリスでも同時刻に機関による儀式が行われており、日本では小学生に貞子的幽霊がけしかけられている……という始末。ここまでは序盤であり『CUBE』『SAW』みたいなソリッド・シチュエーションホラーを模倣したものである。

 メタフィクション的構成が非常に見事で、つまる所、機関の職員=ホラー映画のお約束を楽しむ僕ら視聴者という構成になっている。ありがちな行動に期待し、ありがちな結果に満足する。あらゆるホラー映画により積み重ねられた伝統といっても良い展開の繰り返しを楽しんでいる視聴者ではあるが、ちょっと待ってほしい。でもやっぱり新しい展開、意外性を心の何処かで求めてはいないか……?




 ここからネタバレ。





 機関が生贄を支えていたのは「旧支配者」という存在。定期的に、五人の生贄を儀式形式で捧げなければ世界は滅亡すると言うお話。まぁぶっちゃけクトゥルフな怪物を封印する為に、機関が設立され、そのためにゾンビから狼男、殺人鬼や機械生命体などの怪異が収容されていたと言うお話である。最終的に山荘から逃げのびた男女達は機関に侵入し、怪物たちを解き放って大カタストロフを展開した挙句、生き残って儀式は失敗、旧支配者が蘇り、世界を滅亡させるというオチ。

 結局、メタ的な構造が絡みに絡んだ本当に良く出来た映画で、最後に巨人の手が世界を終わらせるというのも「普遍的な内容ばっかじゃ視聴者は満足しないんだぜ!」という映画ファンたちの声無き声の現れだったのかという事を、製作者達が示している気しかしない。だって考えてみると、世界でいくつも行われていたはずの儀式が、全て同じタイミングで失敗すると言う事など有り得るだろうか?儀式の成功率が高かった日本でさえも、貞子的な幽霊は封印されてしまったじゃないか。つまるところ、僕らはお約束なホラー映画に飽き飽きしていて、そんなものしか作れない製作陣は映画業界ごとブッ壊れちまえよ!という声があの旧支配者だったんだと。
 
 メタ的な視点を抜きで考えると、個人的に気になったのはやっぱり特殊部隊全滅シーン。収容されていた怪物怪異たちが一斉に解き放たれ、鎮圧に向かった特殊部隊は無残に引き裂かれ血みどろの地獄絵図と化す。でも、個人的には流石に化け物相手に軽装備過ぎないかと言う疑問が残っていた。アサルトライフル程度の武装じゃあれほどの数の怪物相手に勝てるワケも無いし、そもそもボタン一発で怪物が全員解放されるという警備体制もガバガバ過ぎる。職員たちも混乱にまったく対処出来ずに惨殺されてたし、対処用のガス発生装置も速効電気系統やられて死んでたし。

 つまり、個人的な解釈としては初めはSCP財団のように崇高な理念を以って設立された機関で、大幅な予算と優秀な人材を以って世界中の怪異を収容し、そして旧支配者封印の為の施設を建造したのではないかと考える。しかし、年月が経つに連れ官僚的な組織の仕事がどんどんルーチン化し、何も危険が起こらない故に緊急対処の為の予算は削減、武装は軽度なものしか装備されなくなり、職員の危険意識も薄れていった。賭けごとをしていたのも楽観的な視点が定着してしまったことによるだろう。そんなことが全世界の組織で起こり、積み重なっていき、最終的な大カタストロフに繋がったのではないかと考えられる。

 そういう表向きのストーリーラインでも凄く面白い映画だし、勿論本来の楽しみ方のメタ的な視点でも楽しめる意欲作だと思った。脚本がジョス・ウィードンという後に『アベンジャーズ』を監督する人なのだけど、出てくる怪物も、まさにホラー版アベンジャーズといった所であらゆるホラー作品に出てきた怪物を意識している豪華っぷり。機関の所長がシガニー・ウィーバーってのも超おもしろいので、全てのホラー映画を愛する人に見て欲しい作品だと思う。

 この予告だけは許さん。貼っといてなんだけどネタバレ満載なので、未見の人は絶対観るなよ!というかDVDパッケも割とネタバレなんだよな……

『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』セカンドシーズン先行上映に行って来たのだけど

あまりに最高だったのでこの思いを箇条書きにしていこうと思う。

スペシャルエディションという事でおそらくテレビではカットされる部分がめっちゃ入ってて美味しかった。
イリヤ、キャスター関連の物語がふんだんに盛り込まれてた。
・ここでキャスターの前マスターの話を盛り込んでくるのか!しれっと新設定追加してくるな!
・前マスター(名前は忘れた)は人間としてはクズだけど魔術師としてはいつも通り僕らにはおなじみな感覚で安心した。魔術の求道の為には人命さえ厭わないタイプ。
・人間の命を魔術の触媒にして科学的な工房を作るという、現代解釈的な魔術描写が個人的にツボ。魔術師はあれくらいキチガイな方がむしろ普通なんですよ。
・メディアさんは子供にやさしい。
・というか子供にやさしいのもあるけど、何よりキャスターにとって簡単な魔術が、あの魔術師が躍起になって人命まで犠牲にしていると言う汚いやり方でやっているのが見ていられなかったのだろう。
・要するにあのやり方は「美しくない」
・魔術師のみなさんは時計塔全員でキャスターにやさしくしてあげれば、もっとはやめに根源の渦に辿り着けると思うんだ。
・案の定ブッ殺される前マスター。だけど前マスターはクズだから、ランサーのマスターにキャスター抹殺命令をおねがいしていた。
・それでキャスターはランサーに襲撃を受けるんだけど、この傷のせいでボロボロになって、葛木先生に出会うわけだ。まさかそんな裏設定がしれっとあるとは
・んで、新OPではランサーがキャスターを追いかける構図になってるんだけど、今のシーンと繋がるわけです。うまいなー。ほんと
・Zeroから見た人に配慮してか、イリヤが如何にして切嗣や士朗に対しての怒りを燃やしていたかというのが追加されてた。
・具体的にはアハト翁に刷り込まれた時の描写とか。おそらくアハト翁の言葉なのだけど、描写として黒化アイリとなっていたのがすげえ巧いというかきつい。
・アインツベルンのホムンクルスが消耗品として描写されて、その果ての悲願にイリヤが居て、そのために苦痛さえも厭わない魔術師の異常性がイリヤの小さな背中に背負わされていたかと思うと。
・てか魔術回路を身体に仕込むのって一回一回全身を切開しないといけないわけ……
・「バーサーカーは強いね」のシーンは完璧
・てかそれに至るまでバーサーカーを巧く操れなかったイリヤ。頑なに魔術を流し込むだけじゃ操れなかった強靭な英霊がデレたのが、彼女を守る為というのがまたね。
・狼に襲われたイリヤの叫び声が露骨にリアルで怖くなったり。
・セラリズがかわいい。特に帽子を外したセラの可愛さはSランク宝具。
・腕が取れるリズに、斬首されるセラ。絶対カットされるだろうけど、正直興奮した。
・ワカメは相変わらずワカメで安心した。
イリヤを守る為に防戦一方に成らざるを得ないバーサーカーの戦いっぷりに感動。自分に喰らっているだけでなく、イリヤに向けられて放たれた宝具を弾いたり掴んだりしているのが細かい。
・天の鎖で拘束されて、ついに力尽きたバーサーカーイリヤにも剣が突きつけられて、ついに終わりかと思った瞬間にバーサーカー復活。
・まさかの展開にギルっちもガチでびっくり。イリヤが力尽きるのが後ゼロコンマ一秒遅ければ、ギルを殺せてたかもしれない。
・ギルの「最後に自分の神話を越えたか」というセリフは、奈須きのこが書いたセリフらしいが、流石原作者、バーサーカーの凄さとギルの器の大きさを同時に描写してる。
・あと、士朗がイリヤが襲われている姿を見て飛び出していく所を、凛が捕まえるところが凄い良かった。叫び出す士朗の口を必死で押さえて止めると言うシーン。
・「頭では分かっているが体が動き出してしまう士朗」「その士朗の性格を分かって懸命に止める凛」凛が士朗の性格を分かっていないと出来ないと思う。
・多分「頼むから飛び出さないでよね……」とか身構えていたから捕まえられたんだろうけど。
・それでも止まらないのが衛宮士朗という男である。あれだけ忠告されても飛び出さざるを得ないのは、それが彼の生きざまだからだろう。

 まぁ、これ以上にも細かい所も沢山あるけど、簡潔に言うなら「原作ファンにも新規ファンにも両方満足してもらえるような」と言う物語が関係者各位から出ていたのが印象的だった。原作ファンでも楽しめるような追加要素に、キャラの真髄を理解しての描写、アニメだけの人にもキャラの深みを堪能してもらう為の掘り下げエピソード。その二つを両立した上で「衛宮士朗」と言う少年を書くとして、この物語を作り上げていくという製作側の気概が感じられて嬉しかった。士朗というキャラは内面が複雑なだけであって、原作をやっていても全てを理解することは難しい。三浦監督は原作者の奈須きのこと何度も何度も繰り返し意見を重ねて士朗という少年のかたちを作り上げていったと言っており、そんな士朗が今後どういう選択を取り、どう自らの正義に向き合っていくのか。これだけキャラクターを人間として愛してくれているスタッフならば、完璧な終着点に導いてくれるのは間違いないだろう。

 それだけ、今後の期待が膨らんでいくことは間違いない。来週の本放送が一層楽しみに成る先行上映会だった。

『タイムクラッシュ 超時空カタストロフ』なんて映画がありましてね

今週のお題「ふつうに良かった映画」

タイム・シーカー EMD-10030 [DVD]

タイム・シーカー EMD-10030 [DVD]

「歴史的大事件の写真に、同一人物が写り込んでいる」という内容の映画をずっと思いだせないでいて、中学生だか高校生の時に午後ローで見ただけの映画という記憶しかなかったくせに頭の中に引っかかっていたので、いざ検索してみたら見つけた。『タイムシーカー』という原題でDVDもその題なのだけど、道理で見当たらないわけだ。なにせ僕がテレビで見た時は『タイムクラッシュ 超時空カタストロフ』とかいうめちゃくちゃボンクラ感満載でカックイイ題名に変わっていたという始末。後で知ったんだけど、これはテレビ向け映画で、劇場公開されたわけではなかったらしい。だから大体的な話題になっていないのね。

 タイムスリップが一般化した未来世界から、歴史的大事件観光ツアーがやってきて、そいつらが色々悶着起こしているうちに主人公達が巻き込まれて、主人公達の活躍で未来の時間軸が変わってしまう。それで派遣された未来エージェントに追っかけられているうちに、現代人未来人両方から主人公達が追われていく――というお話なんだけど、こいつが結構面白かったと記憶している。タイムスリップ映画と言えば『ターミネーター』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が有名だけれど、この作品は奇を衒った感じではなく、タイムスリップの基本を押さえたスタンダードな感じなので非常に見易いし、大きな矛盾もなくて更にはジェットコースター的展開の連続なので、見てて全然飽きない。おすすめの映画です。

 これを機会にもう一度見返してみようかな……とか思ったら、なんかDVDの値段高騰してるんですけど!ブルーレイで出して、どうぞ。

アニメ版『アイドルマスター』『アイドルマスター シンデレラガールズ』の違いとは?

アニマスとデレアニを比べる呟きをする方を見かけるたびに考え方は人それぞれですしスルーすればいいと思いつつもモヤモヤしてしまいます。どう思えばよいのでしょう? 」という問いがaskに来まして、それに答えた所意外にそこそこ反応があった為、こちらに加筆修正版を載せようかと思います。ここなら長くても違和感ないでしょ!

 ――すごくわかります。比較すること自体はとてもいい事だと思いますし、事実製作もそれを意識してやっている節はあるかと思いますが(みくの立てこもりと美希のアレとか。あと、明確にアニマスとデレアニが時系列的に地続きな描写がありますよね)、ネガティブなそれだとあまり気持ちのいいものではありませんね。なのでまず、自分の考え方を書きだしてみようかなと思います。

 まずアニマスとデレアニの差異として「アイドルを初めから目指していたか」というののが大きな違いだと思うんですよね。765プロの皆は初めから「アイドル」というものに対して明確なビジョンがあり、トップアイドルを目指すという目標があって、それの為に皆苦手な仕事だってやっています。だから少し環境がわるくたって*1がんばれる。(千早は少し違いましたが、彼女も歌メインという所ではっきりとした意思があって体張った仕事もしてましたね)

 しかし卯月たちはちょっと違う。まず最初にスカウトされた時点で、アイドルに対してほんわかとしたイメージしか抱いていなかった。未央や凛はそもそも普通の学生で、養成所でレッスンしていた卯月でさえ、デビュー後にどうなりたいかはあまり口にしている印象はありませんよね。それに346プロの皆は潤沢な予算と教育環境が与えられていて、既に高垣楓城ヶ崎美嘉という、いわゆるトップアイドルに近しい存在をすぐそばに感じられる場所にいる。

 だからアニマスは「女の子が自分で夢に向かっていく」それに対しデレアニは「普通の女の子がプロデューサーに導かれてアイドルになる」という違いがあると思うんですよね。アイドルたちが能動的か受動的かの違いだと僕は今のところ感じています。
 
 アニマスの場合、プロデューサーが積極的にコミュニケーションする場面は最低限違和感がないものにとどめられていたと思います。重要な位置にはいたものの、それはあくまで導くもので、アイドルたちが手を取り合って成長していくのが物語の肝だった。(千早を救ったのも春香の献身的な態度で、その逆も然りでした)

 デレアニの場合は、まさしくプロットの時点からシンデレラストーリーをなぞっており、日常に埋もれていた可能性の原石をプロデューサーが見つけていく物語だと思います。だからゆえに、武内Pという王子様的ポジション*2がかなり濃くキャラ付けされており、その過去まで示唆*3されています。その時点でアニマスのPとは随分と違う描かれ方がしているんですね。しかしそれ故に、アイドル側が受動的になったまま来てしまったのが六話だったと思います。Pに仕事を任せきりにし、その全容や目指すところを観ないまま、そのまま夢から醒めることはなく、結果そのツケを払う事になった。

 だからそう言う、アイドル達とプロデューサーの関係や、アイドル達の動き方に注目すると他にも色々な差異が浮き出てきて比較すること自体は凄く楽しいし意味がある行為だと思いますが、やはり歴史あるコンテンツですしファンも多く、その中で悪い意見が目立ってしまうのも致し方ない事だと思います。事実、六話のような衝撃的な内容は、賛否両論あるだろうし、製作側もそれを覚悟の上で送りだしている物語だということが伝わって来ます。
月並みな事しか言えなくて申し訳ないのですが、この問いに関しては「自分が作品に対して『こうだ!』という思いや考察を持っておく」という事が一番いいと思います。あくまで僕の話ですけど、そういう考察や愛情を持っていると、例えばアンチの意見に対しても「でも僕はこう思うから、こいつの意見は的外れだな。気にしないでおこう」と考えることが出来ます(顔真っ赤にして反論したら無意味ですけどね!)。だからスルーせずとも、それはそれで受け止めて、自分の中で反芻したあとに、自分の中の考えと照らし合わせて取捨選択するのが大事なのではなーと考えます。そうすれば、健やかな気持ちで意見交換しながら、両作品をめいっぱい楽しめるのではないかな?
 
 なにせ、どちらも同じ『アイドルマスター』。僕らはみんなアイマスが大好きなんだから。

*1:デレアニを見た後だと765プロがいかに貧乏なのか思い知らされるので、ミリオンライブアニメ化の際は是非とも事務所がアップグレードしていることを切に願う。……うん、黒井社長に騙される気しかしない。

*2:あとで意見があって気付かされたのですが、王子様だけではなく魔法使いの役割も担っていること、しかし王子様にしては彼がまだ無力なこと。この事から、シンデレラと王子様がお互いに魔法にかけられて、共に舞台に上がっていくという、アイドルとプロデューサー、両方の成長物語なのかなとかも感じました。

*3:個人的に過去を推測するならば、六話で引き出しにあったペンライトと、未央に「アイドルやめる!」と言われた時の表情が鍵かなと思ってます。寡黙だけど実は情熱的な所があったり、結構素の感情表現は豊かなところ、実は意図的に感情を表に出さないようにしているのかなと推測出来る気がします。彼がかつて言葉に任せ何かを言い過ぎた為、担当アイドルをやめさせてしまったのしれない。だからあの時未央に言われた言葉に、あそこまで動揺してしまったと考えると辻褄があうのかなーとか思ったり。