402号室の鏡像

あるいはその裏側

冴えないジジイ、麻薬で人生逆転『運び屋/The Mule』

クリント・イーストウッドは何を撮らせても演らせても面白いから困る。
と、いう訳で最近イーストウッド作品に再びハマりつつある零井あだむです。今週も文章のリハビリ兼練習として映画レビューしていきます。

冴えないジジイ、麻薬で人生逆転

仕事ばかりで家庭を顧みなかった老人アールが、経済的に困窮した事をきっかけに、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」になるという物語。驚くべきことに実話を基にした作品で、どこにでもいそうな老人が合計1,400ポンド以上の麻薬を運んだという部分は脚色がない真実なのが驚きの部分。

かつて朝鮮戦争に従軍し国の為に尽くしたアールは、その後園芸家として成功を収めるも、時代の流れによって経済的にも貧しくなってしまい、仕事で家庭を顧みなかった事も相まって、今では親族からも敬遠されてしまっている。取り柄といえば昔から無事故無違反のドライバーであるくらい――そんなアールに目をつけたのは麻薬カルテルの下っ端野郎たち。 初めは何を運んでいるかすらも分からず、連絡手段の携帯電話の使い方すら分からないお爺ちゃんだったが、意外にもウィットの効いた物言いや、警官やチンピラたちも丸め込んでしまうような人当たりの良さを発揮して、いつの間にかカルテルのボスにも一目置かれるベテランの「運び屋」になってしまう。

始めは麻薬を運ぶことに後ろめたい気持ちを抱くアールだが、麻薬の運ぶ量が増えていくにつれ報酬も右上がりになっていく。経済的に余裕が出ると同時に、彼の寂しかった人生にも少しずつ彩りが戻っていく。家族、友人、意外にもカルテルの下っ端たちにも慕われるようになっていき、いつの間にかメキシコの麻薬王の豪邸にまで誘われて、ナイスバディのチャンネーを二人もあてがわれて齢90にしてベッドでエンジョイするという豪快っぷりまで発揮する始末。罪を重ねることに比例して、どんどんアールの人生は明るさを取り戻していくのだが、しかしその栄光もつかの間。

「運び屋」のウワサを聞きつけた麻薬捜査官は次第に彼を追い詰めていく。同時にアールに一目置いていた麻薬王が暗殺され、新たにカルテルのトップに立ったボスはアールを始末することを命じる。警察とカルテルに目を付けられたアールだが、そのタイミングで最愛の妻が危篤の状態に。

運び屋稼業か最愛の家族か。その板挟みに陥ったアールは、最後の決断をする――という物語の中で、何より惹きつけられる要素が主人公アールの人当たり良い性格。

同じくイーストウッド監督、主演の『グラン・トリノ』や『ミリオンダラー・ベイビー』でも描かれていたように、一見頑固な老人に見えてもその内面には茶目っ気ある優しさに溢れているというようなキャラクター像が作中では描かれている。かつては仕事を顧みず孤独になってしまったアールだが、その実、家族や友人に対する思いやりに溢れ、相手が警官であっても麻薬カルテルの構成員であっても平等に接する人格者だからこそ、老いてなお、再び輝かしい人生の一部を取り戻すことが出来たのは間違いない。きっかけが犯罪行為であれど、アールの行動によって生まれた幸福自体は真実であり、罪が明らかになった後も彼を慕う人間は数多く存在した。

個人的に印象的だったのが、ブラッドリー・クーパー演ずるコリン捜査官と偶然コーヒーショップに居合わせる場面。FBIの麻薬捜査官とカルテルの運び屋という追うもの、追われるものである関係性であると知らず、お互いの娘のことで談笑する様は、アールの人好きする性格が全面的に出ていたシーンだったと思う。このコーヒーショップでのひと時があるからこそ、終盤のシーンに繋がるのも印象深い。

罪の重さと幸福の価値。両者を天秤にかけた時、一体どちらに傾くのか。
罪を重ねる事で失った人生の輝きを取り戻せるのならば、それは是と言えるのだろうか。そんな善悪論を考えさせられる作品であると共に、何かきっかけさえあれば、年老いてなお自由で輝かしい人生を送れるのだという希望がある物語でもある。決してハッピーなエンドではない映画だけれど、年老いたアールが最後に掴んだものは一体何だったのかと考えると、非常に赴き深い映画だったと思う。

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クリント・イーストウッド監督、主演映画の中で特にお気に入りの映画。
どれも現代アメリカ社会の世相を反映していたりとか、普段では語りつらい問題提起を作中でしていたりと、単純に「面白い」とだけじゃ片付けられないような映画。どれも鑑賞後に語りたくなる映画なのが、クリント・イーストウッド監督作品の魅力だと思う。

イーストウッドには永遠にカッコいいジジイで居てほしい。