誰しもが”ジョーカー”になり得る『ジョーカー/Joker』感想
- アーティスト: Hildur Guonadottir
- 出版社/メーカー: Watertower Music
- 発売日: 2019/10/02
- メディア: CD
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『ジョーカー』を観てきました。
アメリカでは未成年入場禁止の騒ぎになるほど世間を揺るがしているらしく、個人的にもかなり気になる作品でした。
若干ネタバレも含むので、以下ご注意を。
感情移入出来るがゆえの恐ろしさ
ジョーカーと言えばバットマンに登場するヴィランとして有名であり、今作はそのオリジン(出自)を描くスピンオフ作品という位置づけになっている。
ファンの間で神格化されていると言っても過言ではない、クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』におけるジョーカー(ヒース・レジャー)は、過去に何があったか、なぜ凶悪犯罪に手を染めるようになったのかなど、彼の異常性の背景が一切読み取れず、ジョーカー自身の口から語られる事が真実かどうかすら全く分からないが故の恐ろしさがあった。
しかし今作で描かれるジョーカー=アーサ-・フレック(ホアキン・フェニックス)は、アーサー自身の境遇に何処か同情させられてしまう部分があり、彼の事を理解出来てしまうが故の恐ろしさがある。
発作的に笑い出してしまう病気があるものの、アーサーは大道芸人の仕事を愛しており、家に帰れば愛する母親が待っている。将来はコメディアンになるという夢に向かって不器用ながらも歩み続けている様子に、どこか応援したいという気持ちすら生まれてしまう。しかし地下鉄にてウェイン産業の証券マンたちに暴行された日をきっかけに、彼の人生は激変する。
今作におけるゴッサムシティは、非常に現実的な都市として描かれている。1980年代前半のアメリカ社会を切り取ったような薄汚れた空気感に入り込んでいると、時折登場するウェイン産業やアーカムという地名にふとアメコミ原作作品だと思い出すほどにリアルな情景が、スクリーンの中に映し出されている。そこには貧困層と富裕層の格差が明確に描かれており、富裕層が巨大な豪邸に住み観劇を楽しむ一方で、貧困層は毎日の食事にすら苦しみ、荒れたスラム街の中では日々犯罪が横行していた。最低限のセーフティネットすら失われた社会の中で、貧困層の不満は爆発寸前まで膨らんでいた。そこに生まれたのがジョーカーだ。
言ってしまえば、ジョーカーを生み出したのはゴッサムシティそのものなのだ。富裕層が牛耳る格差社会にて生まれたヒーロー、その名こそがジョーカー。喜劇か悲劇かを決めるのはあくまで自分だと作中で語られていたが、誰がヒーローで誰がヴィランかどうかも決めるのもまた自分なのかもしれない。ゴッサムを救う次期市長としてウェイン産業の社長であるトーマス・ウェインが支持を集める反面、アーサーが地下鉄にて起こした事件を切っ掛けに「ピエロの男」は貧困層の間で神格化されていき、社会の混乱の中で生まれたジョーカーは救世主として持て囃されていく。
混乱するゴッサムシティの中、劇場から急ぎ足で出てくるウェイン夫妻は、暴徒の一人に射殺されてしまう。たったひとり取り残された少年こそが後のバットマン=ブルース・ウェインである。
つまりジョーカーが生まれた時、同時にバットマンも生まれたのだ。ウェイン家、もといゴッサムシティそのものが生み出した怪物に対し、果たしてバットマン=ブルース・ウェインはどう立ち向かうのか。公開予定のバットマン単独映画がジョーカーと地続きの作品であれば、この混沌としたゴッサムシティの中、ジョーカーとどう戦うのか楽しみな部分もある。
誰しもが”ジョーカー”になり得る
思えば、今現在の自分がアーサーと他人事とは全く思えない。決して裕福とは言えない生活の中で毎日の仕事に精神を磨り減らし、溜め込んだ鬱憤を晴らす行き場もない。増える税金の一方で手取りは全く変わらない。明日を生きていく希望もなく、しかし自分の知らないどこかで誰かが私腹を肥やしているのだと思うと途方も無い怒りに取り憑かれそうにもなる。仕事も、愛する人も、希望すら失ってしまえばあとは「無敵の人」になってしまうのみ。社会に排斥された末の人間が猟奇的な事件を繰り返す今だからこそ、この映画の恐ろしさが理解できてしまう。
何か導火線に火を付けるきっかけのひとつだけあれば――きっと誰しもがジョーカーになり得る可能性がある。鬱憤に鬱憤が重なる社会の中で、アーサーの身に起こった出来事は決して他人事では無いのだと自分の中に訴えかけられるような、静かな狂気を感じる映画だった。
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類似性を上げられるのが『タクシードライバー』と、作中にも出てきたチャップリンの『モダンタイムス』。タクシードライバーで主演を務めたロバート・デ・ニーロが重要な役どころを演じている時点でもかなり意識されている部分があると思う。アメコミ原作作品ながら、過去の名作に対するオマージュや類似点を差し込みつつ、社会に対する痛烈な皮肉を浴びせかけるあたりが今作の魅力的部分だと感じた。