402号室の鏡像

あるいはその裏側

近況、最近面白かった作品とか、色々。

 ふと、取り留めのない文章を書きたくてここに戻ってきた。
 以前から時間が結構経過して、社会生活を始めたり、一年半くらいで挫けて転職したり、その過程で同人活動を始めたり、かといって転職先でも早速辞めたくなるという社会不適合者っぷりを炸裂させているあたり僕は結局、腐っても僕に過ぎないんだなということを実感する。それでも、映画を見たり小説を読んだりアニメを見たりと、趣味自体は変わらず続けていられる所を見ると、まだ僕という人間は生きていられるというのを少しだけ、実感したりする。社会生活の摩擦の中で自分自身のアイデンティティが擦り切れてしまいそうになる中で、面白い、楽しいと思える何かに出会えた時、僕は僕自身の断片を取り戻せたような、まだ生きて居られているという感じの、よく分からない安心感を覚える。

 そんなわけで、だらだらと、書いていきたい。

DEVILMAN crybaby

DEVILMAN crybaby Original Soundtrack

DEVILMAN crybaby Original Soundtrack

 ここ最近で一番インパクトの強かったアニメと言えばこれだなぁ、と思う。デビルマンと言えば例のOPとかクソ映画で有名かもしれないけれど、それ以前に永井豪のあの漫画の衝撃的な展開が一番有名だと思う。悪魔の力を持ちながら、人間の為に戦うデビルマンの業を背負った戦いは、今現在もいろんな形でサブカルチャーに対して大きな影響を及ぼしている。そんなデビルマンが『四畳半神話大系』などで有名な湯浅政明監督により現代風にリメイクされた作品が『DEVILMAN crybaby』。
 Netflix限定配信という限られた土壌だからか、僕の周りではあまり話題になっていないけれど、正直度肝を抜かれるくらい僕の中に刺さる作品だった。現代に即した内容ながらも漫画版に非常に忠実なアニメ化で、だからこそストーリー自体はオチまで分かり切っている。それでも頭をぶん殴られたくらいに衝撃を受けた。主人公不動明と、その幼馴染の飛鳥了。そしてガールフレンドの牧村美樹。crybaby=泣き虫というタイトルが示すように、元々弱虫な明がデビルマンになることにより、戦う強さを獲得するという側面の裏側で「誰かのため=ヒトのために泣くことが出来る」不動明自身の本当の強さ、涙を流す悪魔という、絶望の中でもヒトを信じることを忘れない純粋な感情というものがすごく端的に表現されていたような気がする。悪魔になった明を信じ、疑心暗鬼の世の中で人の善性を信じ、そして暴徒と化した人間に殺される牧村美樹。人間の善性を尊びながらも、暴力が全てを根こそぎ呑み込んでいき、その破滅でさえも最後には大きなうねりに呑み込まれてしまう。本来グロテスクな表現が多い原作なれど、湯浅監督のコミカルな絵柄で希釈されていて大分見易くなっている。直接的なグロテスクは減ったけれども「えげつない」と思わせる表現と展開の連続で、精神的な恐怖とか、ビジュアルだけの作品じゃないところがCrybabyの凄いところだと思う。Netflixはオリジナル海外ドラマとか、日本のアニメとか、国内外でとにかくすごいことをやっていて、国内利権に縛られたテレビ局とかアニメ業界の悪癖とかに負けない、一つのムーブメントになってほしいと思う。

A.I.C.O. Incarnation』

君は今…人間じゃない――。
人工生体の研究中に起きた大事故“バースト”によって、人工生命体が暴走した近未来の日本。“バースト”で家族を失った15歳の少女・橘アイコの身体に隠された<秘密>とは…?アニメーションスタジオ・ボンズと、『翠星のガルガンティア』などの村田和也監督がタッグを組んで贈るオリジナルバイオSFアクション。

君は今、人間じゃない―『A.I.C.O. Incarnation』15秒予告編 - YouTube

 Netflixオリジナル作品繋がりで。人間の脳でさえも簡単に移植でき、義体技術が発達したおかげで人間の体自体にも本質的な意味はなくなった高度な医療科学世界にて「本物の自分であること」を突き詰めた作品であると思う。橘アイコが両親を助ける為に「バースト」の発生源であるプライマリー・ポイントを目指す過程で自らの秘密に気付いてしまい、中学生の幼き身で世界さえも左右する決断を迫られるっていうのと、実質的主人公的立ち位置の神崎雄哉のアイコに対する一見疑問にも思える振る舞いがとても面白い。あと、人工生体に汚染された場所ではグロ肉が生命全てを容赦なく襲うブロブ的環境になっているのだけど、そこに潜入して貴重なデータなどを回収する「ダイバー」の存在が面白くて、常に攻撃に対して免疫を獲得する人工生体に対し、ダイバーが逐一薬品の組成とかを組み替えて弾丸を生成する戦闘のバリエーションが考えられていて面白いなと思った。アイコと神崎、彼らを護衛するダイバーとの関係性の変化も面白い作品なので、お勧め。

『アンナチュラル』

アンナチュラル Blu-ray BOX

アンナチュラル Blu-ray BOX

本作は、設立して2年弱の不自然死究明研究所(英:Unnatural Death Investigation Laboratory)= 通称UDIラボという架空の研究機関(公益財団法人)を舞台に展開する[2]。UDIラボとは、日本における不自然死(アンナチュラル・デス)の8割以上が解剖されないままという先進国の中で最低の水準という解剖率の状態を改善するために設立され、国の認可を受け全国初の死因究明に特化した調査を行い、警察や自治体から依頼された年間約400体の遺体を解剖調査しているという設定である。ここに勤める法医解剖医の三澄ミコトを中心に、ベテラン法医解剖医の中堂系、三澄班臨床検査技師の東海林夕子、三澄班記録員の久部六郎、所長の神倉保夫らが協力し合いつつ、毎回さまざまな「死」を扱いながら、その裏側にある謎や事件を解明していく

アンナチュラル - Wikipedia

 邦ドラマを見たのは本当に久しぶりだった。色んな人がお勧めしていたし、海外ドラマで司法解剖モノとかは結構好きな題材だったので、日本で司法解剖を扱う作品が出てくるっていうのが目新しくて、丁度テレビで最終回が放映された後のタイミングで見てみたのだけど、正直一話から度肝を抜かれた。石原さとみ市川実日子などのベテランキャストら演ずる、主人公のミコトを始めとした、UDIラボの濃いメンツと邦ドラマらしいおちゃらけた雰囲気の中にある、キャラクターひとりひとりの薄暗い過去。「不自然死=Unnatural death」を扱う中で、例えばインターネット社会やブラック企業など社会問題に対する問題提起などをうまくシナリオに挿入している辺りも、一話完結の中ですごく完成度が高い作品だと思う。基本的には一話で話が纏まるが、全体を通して、中堂系というベテランながら一見偏屈な解剖医の過去に殺された恋人に関する事件が背景として、終盤のシナリオに収束していく。
 最終話へのオチの付け方が本当にうまくて、一話から最後までどれも見逃せないくらいに伏線の配置やキャラクターの構成がよく出来ていて、見ていて無駄な部分やマンネリを感じることがほとんど無かった。僕が特に好みなのが、いじめを扱った七話で、インターネット社会における劇場型犯罪と現代のいじめ事情を両方扱って、そして「自殺」に関する個々人の考え方が強烈に出ていた。いじめに遭った二人の男子が選んだ選択と、残された少年が抱いたサバイバーズ・ギルト。劇場型犯罪として全国ネットへの配信を行った少年が、ミコトに対して突きつけた挑戦を通し、少年の抱えた思いが痛いまでに伝わってくる。
 『アンナチュラル』の主題は「死者は何も言わない。しかし遺体はモノを語る」というものだと個人的には思っていて、死体を解剖して隠された真実を突き止めるのがUDIラボの使命なのだけど、けれど遺体に残るのはあくまで証拠。死者がどういう思いを抱えているか、今、仮に死後の世界で何を思っているかは誰にも分からない。最後の最後、自死を選ぼうとした少年に対して告げたミコトの言葉「あなたの人生は、あなたのものだよ」そして中堂の「死んだ奴は答えてくれない。この先も、許されるように、生きろ」というのが、この作品全体の答えであり、そしてほのかに漂う「やさしさ」なのだと僕は思った。
 あと主題歌の『Lemon』がとてもいい場面で挿入歌として流れてくるのがずるい。最近流行ってる米津玄師、気に食わねえ……と逆張りしてたけど手のひらを返した。すまん米津玄師。LOSERとかピースサインも正直好きだ。

いぬやしき

「もしある日突然、強大な力を手に入れたら――?」世界を震撼させたSFアクション「GANTZ」を描いた奥浩哉の最新作が満を持して遂にアニメ化!

トップページ | TVアニメ「いぬやしき」 公式サイト

 前々からちょいちょい集めていたけど最近実写化されると聞いたので、完結を機に一気読み。最初は犬屋敷VS獅子神の展開になると思っていたけれど、まさか最後にあんな展開にもっていくとは思わなかった。多少強引な纏め方はGANTZに通ずるものがあるけれど、GANTZみたいに長々と引き延ばしたわけではなく、全十巻ですっきりと終わらせると思えば、あのラストもすごくきれいなオチの付け方ということで納得が出来る。さえない中年男性が、何も出来ずに告げられた余命三か月。しかし自分の体がサイボーグと化してしまって得た力にて一体何をするのか。反面、同じ境遇ながらも全く違う選択肢を選んでしまった少年獅子神に対して、どういう向き合い方を取るのか。ふつうは少年がヒーローでオジさんがヴィランというのがアメコミ的展開でありがちかと思うのだけど、アメコミ的ハリウッド展開を日本という舞台で堂々と展開し、そして中年のさえないおじさんがヒーローという超斬新のアプローチをして成立してるこの作品はほんとに凄い。色々なSF漫画があるけれど、こういう、日本を舞台にしたスケールの大きなアクション作品を漫画でやれるのは、日本では奥浩哉だけだと思う。GANTZも凄い作品だったけど、いぬやしきも最高だった。実写化も巧く行きそうだし、奥浩哉の次回作を本当に楽しみにしている。

なるたる

小学6年生の玉依シイナは小学校最後の夏休みに祖父母の住む島に行き、海で溺れかけたところを星の形をした変わった生き物『ホシ丸』に助けられる。ホシ丸は少年少女の意識とリンクし、変幻自在の能力を発揮する「竜の子」の一体であった。他の「竜の子」の持ち主(リンク者)との出会いのエピソードを挟みながら、シイナは「竜の子」を用いて世界をリセットしようとするリンク者たちの戦いに巻き込まれていく。

なるたる - Wikipedia

 ミミズジュースで有名な作品。『ぼくらの』の作者で鬱っ気が強いのは確かだけれど、直接的なグロテスクではなく、精神的にキリキリと締め上げてくるような不快感や痛みを伴う表現が、一種の魅力である作品だと思う。主人公のシイナを取り囲む複雑な家庭環境、人間関係だけでなく、自衛隊在日米軍などを取り囲んだ「竜の子」に関する国家ぐるみの陰謀、そして竜の子の持ち主であるリンク者たちの出会いが、ひいては人類という種、そして地球という惑星自体を包括するスケールの大きい物語に収束してくる。よく「セカイ系」とは言うけれど、僕はやっぱり、例えば人間関係とかヒト個人個人のミクロなやり取りが、世界全体を巻き込むマクロな事件に発展する物語が凄く好きなんですけど、この辺前述したデビルマンとか、エヴァとか、そういう作品群に似たものを感じる。物語全体に存在する大きな「うねり」のようなものに小学生のシイナが巻き込まれていって、彼女が少女から『女性』に変わる過程で様々なものを見、体験して、そして選んだ答えが最終巻なのだと思うと、それはどこか物悲しくも、微笑ましくもある不思議な作品だと思う。新装版が最近出て、それを電子版で読んだので、おすすめです。

とりあえずブワーっと書いてみた。

 このあたりでおしまい。結構時間はかかったけれど久しぶりにこういう物語の感想とか、以前に見たものを思い出してまとめる作業というのはすごく楽しくて、結構達成感がある。やっぱり、僕は作家を目指している身なのでマンガにしろアニメにしろ何にしろ、ただ漠然と享受しているだけではただ流れてしまうので「何が」「どこが」「どう」面白かったのか自分の中で反芻して、アウトプットすることで得られるものは気付けるものはやっぱりあるのだと思う。
 出来るだけ、精神が安定している時はアウトプットしたいとは思っているので、お付き合いいただければ幸いです。

最後に宣伝

 同人誌を友人の西織さんたちと書き始めました。FateとかGrandOrderなどTYPE MOONに関する小説同人誌です。K-BOOKS様で委託通販させて頂いておりますので、よかったら覗いていってください。
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以下、サンプルです。

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【告知】11/3(木)ISF2参加予定。アイドルマスターミリオンライブ小説本『大正文学少女奇譚』頒布します。

 告知です。11/3(木)に開催される「IDOL STAR FESTIV@L 02」にてアイドルマスターミリオンライブ小説本『大正文学少女奇譚』頒布します。表紙絵、挿絵はかみやさん(@kamiya_oekaki )、本文は僕が担当しています。価格は六百円を予定、サークル名『時計草』にてスペースはC24ですので、参加される方は是非ともお立ち寄り下さいませ。サンプルはこちらになります。
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 内容としては、大正時代を舞台にとある青年と七尾百合子が、帝都の日常に潜む奇妙な事件を解決していく大正浪漫風ライトミステリです。そもそも、僕はかみやさんの本にちょっとした文章を寄稿する予定での参加予定だったのですがいつの間にか全く書いた事の無いミステリやら大正浪漫を担当する羽目になり、気がつけば三万字超書かされていたと言う奇妙な経緯。何かがおかしい。それはさておき、初めてのジャンルの割にはなかなか良い作品に仕上がったのでは無いかとは思っているので、是非お手にとって見てはいかがでしょう。ちなみに全年齢対象の作品なので、帝国陸軍軍部の陰謀とか帝都地下に張り巡らされた呪術式とか、超伝奇じみたそういうのは無い。本当はそういうのを書きたかった。

 暴力衝動を抑えながらよいこのためのこころあたたまる小説を書いたので、一次創作のほうにこの鬱憤を晴らそう!

振り返らない物語から、振り返る物語へ。『君の名は。』感想

 『君の名は。』を観てきた。単純に、とても良い作品だったと思う。元々、新海誠作品は大好きで、『ほしのこえ』から『言の葉の庭』まで、毎度楽しみに観させていただいた監督の作品なので、今作も前々から期待していた。期待に違わない名作で、今現在絶賛されているのも納得な出来だったと思う。
 
 ただ、正直な所不安要素が大きくて、予告編だけ見ると個人的に苦手な要素がとても多そうで*1、何となく、大衆的な部分が多くを占めてしまっているのではないかという怖さがあった。というのも、新海誠監督は、完璧過ぎた思春期の憧憬だとか、決して縮まることの無くなってしまった男女の距離や、もう戻らない絶対的な時間の経過により生まれた断絶、幻想的過ぎる都市の描写など、観る人から観れば「拗れている」と形容されるが、理解出来る人には本当に心に刺さるような作風で多くの人を魅了していて、僕もそのひとりだった。だからこそ、さわやかな青春や恋愛作品を想起させる『君の名は。』に対して、どこか僕は忌避するような感覚を抱いていた。たぶん多くの人はこのような清涼感ある作品を求めていて、それはきっと正しいのだろうけど、ただ単純に、今まで新海誠作品を観ていた僕は「何かが違う」と一人勝手にすれ違いのような思いを抱いていた。予告編を観た人たちの前評判でも僕と同じ感覚を抱いている人が多くて、実際公開してから今日この日まで僕は劇場に足を運ぶ気が起きなかった。

 それで、いざ『君の名は。』を観に行く勇気を振り絞る為に、わざわざ早起きまでして美容院まで行って髪型を整えて、あえて日曜日を外した月曜日、人が少なそうな時間帯を狙って劇場に足を運んだ。だけど見回してみれば辺りは女性、小学生、中学生。以前都内に『言の葉の庭』を観に行った時とはまるで違う客層に、はたまた胸の内のこじらせた感覚が頭を出して、押さえつけるのに必死だったけれど、とにかく序盤は自分の中のこじらせ感を黙らせるのに苦労していた。主人公の瀧とヒロインの三葉はいままでの新海誠作品に出てくる登場人物の中でもトップクラスに真っ直ぐで、ふたりとも年頃にかわいくて、ドタバタしてて、そのふたりの入れ替わりがラブコメチックでとても楽しかったのだけど、どこからしくない感じに「面白いけどこれは違う」という感覚が頭を占めていた。

今までとは違うけれど、これは紛れもない『新海誠』作品で

 けれど突然、入れ替わり現象が起きなくなって、その真相を調べに三葉の住んでいた村へと瀧が訪れたところ、実は三年前に彗星の破片が衝突して、村は消滅していたことを知る。多くの人が死に、その中に、入れ替わっていたはずの少女、宮水三葉が居た――という展開には度肝を抜かれ、ここから先はのめり込みっぱなしだった。死んでいたはずの人間、時空の乱れ、物理的以前に断絶された運命、会いたいけれど会えない時間の距離――いままでの作品で培われてきた新海誠作品のエッセンスが炸裂し始めるなれど、それでいて、真っ直ぐな物語の流れがとても楽しい。時間的にも遠く離れていて、どこか不明瞭な存在なれど、オレはここにいて、お前もここに居るという、物理的にも時間的にも届かなくても、心だけはそばにいるよという『ほしのこえ*2を想い起こさせるような展開だった。だけれど決して会えない訳じゃなくて、あくまで会いに行こうと三葉が上京したり、もしくは瀧が三葉の村に行こうとするなど、二人とも「繋がろう」とする意思があった所も良かった。『秒速5センチメートル』の場合は、会おうと思えば会える距離にも関わらず、実際に会わずに貴樹自身が想いを募らせ過ぎてしまったという部分があって、お互いに会おうというバイタリティの強さ、若さがゆえのエネルギーを感じられた所が面白かった。実際に二人が会っていたということが、三葉の髪留め、そして瀧が手に巻いている紐という伏線があって、そこで時間のズレというものをよく表現していたんだなと思う。スマホやチャットの存在など昔とは違って、どこの誰とでも会おうと思えば会える現在の時代において、簡単に会えるはずが、実は三年の時間のズレという途方もしれない断層があるというのがこの物語の落とし穴であり、また奥深いところ。

 彗星の破片が村に墜ちるという話を聞いてから、破滅の運命を回避しようと、時間が違う場所で懸命になる所は、正直もう少し描写が欲しかったなと思う。三葉と父の間の確執があって、にも関わらず、どうして三葉は最終的に父親を説得できて、村人たちを大災害から救うことが出来たのかという疑問は残る。それでも危機的状況を前にして、大人たちの知らない所で少年少女が奔走するという流れはセカイ系あたりの雰囲気を感じて、ゼロ年代を彷彿とさせる感覚で好きだ。ぼくときみが救った世界だけど、他の誰の記憶にも、英雄的行為の記録は残らない切なさ。

 そして、ぼくらでさえも結局、このことは忘れてしまうのだ。時間が経過して、記憶自体が風化してしまって、またも夢物語のようだった時間が現実の乾燥した空気に呑み込まれてしまうというのも切ない所。就職活動で巧くいかず、なんとなく、かたちのみえないなにかを追いかけている瀧。一体何が自分を引き付けているのか分からないもどかしさというのは、思春期から大人になるにかけて僕らもきっと経験したはずで、この辺りは『秒速5センチメートル』と同じような、思春期の出来事に対する憧憬的な心の痛みを感じた。

なんとなく、腑に落ちない部分も多いのだけれど

 ただ、単純に、三葉が奉納した口噛み酒*3を飲めばもう一度入れ替われるだとか、ちょっとした疑問点が多くて、そういう場所は気になった。宮水の家系には代々入れ替わり能力があったという所から考えると、入れ替わり能力自体は、最初に村に隕石が墜ちた際に、宮水の家系に突然変異的に生じたものであり*4、そのクレーターの場所で、宮水に縁のあるものと肉体的接触(唾液の交換=疑似的な接吻?)をすれば入れ替われるなんて考察も出来ると思う。隕石の墜ちた場所で突然変異が起こるとか、伝奇SFとかの展開では散見出来るし、もそういう所を考えると非常にSF的で楽しい部分もある。

 しかし、未だに考えても分からないのが「どうして瀧でなければ無かったのか」という所だ。宮水の家系に入れ替わり能力があるとして、一体なぜ、縁もゆかりも無い、遠く離れた東京の地に生きる少年が、三葉と入れ替わらなければならなかったのか。男女の出会いとか、人と人とのつながりとか、そういうものに理由はいらないとかいう考え方も出来るし、同じ日、同じ時にあの彗星を見上げていたという理由付けも出来るけど、どこかはっきりと「ぼく」と「きみ」が繋がる決定的な理由を見つけられなかったという点は、僕の中で生まれたもやもやの理由だと思う。

 ただ、そういう明確な理由付けがこの物語に無くても『君の名は。』が傑作であることは明確だと思う。SF的リアリティなんて難しいものは犬に喰わせてしまえ、大事なことはつまり「きみ」と「ぼく」の思いなんだという一貫した作風の流れを感じて、その辺りはあくまで分かりやすさや面白さを重視した展開だと思えば、作中の矛盾とかを割り切って、きっと純粋な心で物語を楽しめる。

「振り返らなかった」物語から、「振り返ることができた」物語へ

 多くの人が感想や考察で書いているように、『ほしのこえ』では逢えない距離にまで離れてしまった物語を、『秒速5センチメートル』は、逢えないことで分岐点が分かれてしまった二人の物語を。他にも様々な理由で男女の断絶や、会えない距離や結ばれない切なさを描いてきた新海誠が、最終的に「逢えた」物語を描いたこと自体が『君の名は。』の価値なのだと僕は感じた。振り返らない物語から、振り返る物語へ。自分自身が描いてきた作品に対するセルフアンサー的な作品である側面も、存在するのかもしれない。

 想いは時を超越する。愛は地球を救う。遠く遠く離れていても、きみのことが分かるように。難しいことは言わずにそれでいいんだと思う。きっとそれで。

 どうやらこのスピンオフ小説で三葉側の話が掘り下げられるということで、物語の不明瞭な部分が補完されることも期待したい。作者の加納新太さんは『秒速5センチメートル』のノベライズでもとても素晴らしい文体で別視点の物語を書いてくれていたので、これを読むのが凄く楽しみ。
lilith2nd.hatenablog.com
 公開当時に『言の葉の庭』の感想も書いてますので、こちらもよろしければ。

*1:何がキツイかって、僕が高校生の頃から苦手なRADWIMPSが主題歌で、その点一番不満だったのだけど、実際見に行ったらやたらと感動的な場面で挿入歌に使われてて、それが一番つらかった。人気なバンドだから仕方ないけど、この一点が非常にストレスで、感動の五割くらいは失われていた。個人的な好みだからもはやどうしようもないけど、そのどうしようもなさが余計につらい

*2:携帯のメッセージでのやりとりが『ほしのこえ』で、かつ、携帯が無かったがゆえに遠かった二人の距離を描いた『秒速5センチメートル』を踏まえると面白い

*3:僕も三葉ちゃんのアレ飲みたいですね

*4:クレーターや隕石、流星群が超常現象の引き金という事で『黄泉がえり』を思い出した。

歌姫庭園10お疲れ様でした。お礼とあとがきの代わりに

 歌姫庭園10参加された方、サークル参加者一般参加者お互いにお疲れ様でした。僕は諸事情でその場に足を運べなかったのですが、ツイッターの様子では大盛況のようで僕も嬉しかったです。一万字程度のコピー本ですが、僕が七尾百合子に対して思う気持ちに共感して頂けたらとか、単純に物語として楽しんで頂けたら幸いでございます。

 さて、小説のあとがきに代えてですが、本の内容について少々。

 単純に、僕自身が女の子同士がわちゃわちゃする話が苦手とか、ほんわかなストーリーを書くのが苦手という気持ちが大きくて*1、そういう意味でアイマスのコンテンツを愛する気持ちはあってもなんとなく二次創作に手が伸びずに居た現状があったのですが、そこで思いついたのが「第三者目線でアイドルを見る」という物語の形式でした。

 いろんな人が既にこのスタイルで小説やら漫画を書いているので何番煎じだよという話なのですが、この書き方は個人的なアイドルマスターのプレイスタイルになんとなく近かったんですよね。僕自身がプロデューサーとして積極的にアイドル達を導くのではなく、彼女たちが自分の力で困難を解決し、栄光を掴み取るまでの道筋を、その物語の脇で見守っていたい。そんな些細なアイドルとの関係が僕の中でのプロデューススタイルでした。*2だからこそ七尾百合子のデビュー前とデビュー後をクラスメイトの男の子の目線を通して書く次第に至った訳ですけど、それで一番書きたかったのは何かというと「デビュー前もデビュー後も、七尾百合子という少女の骨子は変わっていない」という所です。

 一介の文学少女だった彼女が、何故大衆の目に触れて歌い、踊るアイドルを目指したのか。運動神経も頭脳も平凡な少女は、何故そのまま、普遍的な人生を送る選択肢を選ばなかったのか。

 それはきっと百合子が語った「百年後まで読まれ続ける一冊の本のように誰かのココロに残るアイドルを目指す」という言葉に集約されていると僕は思います。様々な人に、色々な形で自分の姿を見てもらうこと、彼女が古今東西、新旧問わず多くの本に紡がれた物語に多くを学び、夢や希望を抱いたように、それは自分自身の物語を多くの人々に語り継ぎ、多くの人々に希望を与える存在になりたい――と、僕はそう言い切った七尾百合子に、途方もない強さを感じました。デビュー前からこんなことを誰に臆することなく言いきれたならば、彼女が抱いた理想はきっと、最後まで色褪せること無く輝き続けるだろうなと、僕は彼女の言葉に眩しくも、頼もしさを覚えました。

 ある時は魔女に、ある時は海賊に、ある時はヒーローに――際限無き好奇心を瞳に讃えた彼女の可能性を叶えられる可能性があるのが、きっとアイドルという存在で。だから、彼女はこれからもきっと、夢を目指してただ走り続ける。理不尽に歯噛みしようと、悔しさに涙を流せど、きっといつだって、何度だって前を向いて、その瞳でまだ見ぬ未来を見据え続ける。

 そんな七尾百合子の姿に魅せられ、そして惹かれた人はきっと僕以外にもいるはず。ある少年の記憶、思春期の一幕に色濃く残った少女の姿が、この物語の主題でした。

 これからもそんな彼女を見守っていきたいと思うと同時に、彼女の魅力や可能性を広げられる物語をもっと書いてきたいと執筆を通じて再確認しました。

 またの機会に何か書くと思うので、その際は是非よろしくお願いいたします。

*1:銃弾が飛び交ったり人類が滅亡したりグロテスクなモンスターが人間を捕食したりする作品のほうが得意です

*2:赤羽根Pとか武内Pは相当に作り込まれたキャラクターとして物語の中に挿入されているので、積極的にアイドルたちと関わっていても物語として違和感無く成り立っている。だからあれは僕らの分身には成りえないひとりの人間で、だからこそ仮に僕がアイドルマスターのPとして関わるとしたら、最低限の干渉でいたい

【告知】6/19(日) 歌姫庭園10参加予定。アイドルマスターミリオンライブ小説本『いつか、透明な明日を』頒布します

 唐突ですが告知。6/19(日) 歌姫庭園10にて アイドルマスターミリオンライブ小説本『いつか、透明な明日を』頒布予定です。表紙絵はかみやさん(@ )にお願いしました。コピー本でお値段は100円。サークル名『時計草』にてスペースは歌姫22ですので、参加される方は是非ともお立ち寄り下さいませ。サンプルはこちらになります。
www.pixiv.net
 後書きっぽいことはまた後で語るとして、アイマスPとしてアイマス、もといミリオンライブというコンテンツに二次創作として参加してみたかったことと、担当Pとして七尾百合子について思うことを表現したいなと常々思っていたので、物書きの端くれとして彼女のお話を書く機会を頂けて嬉しかったです。

 超久しぶりに善良なお話を書いたので、そろそろ猟奇性を発揮できるお話に戻りたい。
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